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上條晴夫「エンタメ教育学研究序説」
第1回 ヘン顔コミュニケーションの秘密にせまる
(『授業づくりネットワーク』(学事出版)2004年4月号掲載)

執筆者紹介
上條晴夫 月刊雑誌『授業づくりネットワーク』編集代表
かみじょう・はるお 1957年山梨県生まれ。教育研究団体「授業づくりネットワーク」理事長、埼玉大学非常勤講師、全国教室ディベート連盟常任理事などを務める。『お笑いに学ぶ教育技術』など著書多数。


(1)モー娘のヘン顔好き

  女子高生を中心に、いまだに根強い人気のプリクラで、最近、わざわざヘンな顔をして写ることが流行っている。「ヘン顔」と呼ばれる。ヘンな顔だけではなく、ヘンな決めポーズが加わることもあるようである。
 ヘン顔ブームの震源地の1つは人気アイドルグループ「モーニング娘。」である。メンバー全員が大のヘン顔好きだ。テレビ番組の中などで、競うようにヘン顔の写真を公開している。メンバーがカメラ付きケータイでヘン顔を交換し、笑い合うこともあるそうだ。これはお笑い芸人が観客を笑わせるためのヘン顔とは意味が違いそうだ。
 じつは、子どもたちはずっと前から、この「ヘン顔遊び」が好きだった。そうっ、「にらめっこ遊び」である。先ほどのカメラ付きケータイでヘン顔交換をするのも現代版のにらめっこと考えると理解しやすい。
 女子高生、アイドルグープ、子どもたちは、ヘン顔に、一体何を求めているのだろうか。

(2)安心感を得る活動

 結論を先取りしていうと、ヘン顔は、所属グループ内で安心感を得ようとするコミュニケーション活動の1つである。
 ゲーム的な活動で子どもたちの間に信頼関係を築くことを促してゆく「プロジェクトアドベンチャー」と呼ばれる集団カウンセリングの方法論がある。
 この方法論では、活動を次の四つに整理する。これが「ヘン顔コミュニケーション」の分析に役立つ。以下、高久啓吾著『楽しみながら信頼関係を築くゲーム集』から引用をする。

1 アイス・ブレーキング
 緊張をほぐす。体や気持ちをほぐしていくことを目標とした活動。ストレッチや鬼ごっこ、名前ゲームなどがこれに当たる。
2 ディインヒビタイザー
 気持ちの上での抑制をゆるめる。少し恥ずかしさを感じるような活動。リスク のある活動を行い、互いに 笑いあうことによって、か らだや気持ちをより深くほ ぐし、グループを育ててい くことを目的とする。スピ ード・ラビット、サムライ、 など。
3 トラスト
 信頼構築。アイスブレー キングやディインヒビタイ ザーの活動によって、から だや気持ちがほぐれ、お互 いの間に安心感が生まれて きた段階で、お互いの信頼 感をより深めていくために 行う活動。目をつぶってお こなう活動、トラスト・フ ォール、柳に風、トラスト ・ウェーブ、トラスト・ダ イブ、など。
4 イニシアティブ
 課題解決。信頼や安心を 土台とした上で、お互いが 協力しあって課題を解決し ていくような活動を行う。 意見を出し合い、トライ・ アンド・エラーを繰り返し て、課題解決にみんなで取 り組んでいく、その過程を 大切にする。

 最近の現場教師たちの証言によれば、今どきの子どもたちは、なかなか親密な級友関係を持てないという。そのため、ほんのちょっとしたことで、泣いたり、ケンカになったりすることが多くなってきているという。
 その理由を考えると、以前と比べて、子ども相互の距離感の広がりがあげられる。従来は、学級といえば、ある種の運命共同体だった。子どもたちは、距離感なしにつき合っていた。
 ところが、今は共同体の絆が薄くなった。引っ越しが当然になったことと離婚が激増したことによる。つまり子どもたちは、以前ほど、学校・学級に安心感を持てなくなったのである。
 子どもたちは、良くいえば、個人主義的になり、悪くいえば、孤立主義的になった。いわゆる「学級崩壊」の背景には、こうした子ども相互の距離感の増大に伴うコミュニケーション不全現象があると考えられる。
 教師が従来のような学級集団を元に授業を成り立させようとしても、これまでのような共同体の持つ安心感・信頼感を期待することができなくなった。
 子どもたちは、教室の中で、たわいもない遊びをすることで体や気持ちをほぐして、心理的緊張感を解こうとする。アイスブレーキングである。
 ここまでは多くの教師も納得できる。ところが、子どもたちが次のディインヒビタイザーの活動に打って出ると、大人である教師にはそれが見えない。
 合理的な思考をする大人・教師には、そのリスクのある行動の理由が理解しづらい。少し前まで、日本では、安心・信頼はほとんど努力なしに手に入れることができたからである。
 このディインヒビタイザーの活動とヘン顔コミュニケーション活動はほぼ重なる。今どきの子どもたちにとって、この活動は、予想以上に大切な意味を持っている、といえる。

(3)授業成立の基礎

 ヘン顔は、娯楽・遊びの上の単なる流行ではない。子どもたちにとっては娯楽・遊びを通した必死の「基礎コミュニケーション」活動であると言える。
 日本では、水と安全はタダである、と考えられた時代が長く続いた。水も安全も、あって当たり前だったが、今は違う。
 同じように「学級共同体」の中で「みんな仲良く」と言ってさえいれば、安心感・信頼感が手に入った時代は終わった。
 新しい時代に必要な問題解決型の学習を実施していこうとするならば、その前提となる基礎コミュニケーションの教育が必須のものとなるだろう。
 教室の中の「基礎コミュニケーション(遊びを伴ったコミュニケーション)」を見守ること、誘発することが大事である。


この連載は、月刊雑誌『授業づくりネットワーク』(学事出版)に掲載されています。
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Published: 9月 5th, 2010 at 15:19
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