お笑い教育データベース

『授業づくりネットワーク』(学事出版)1999年12月号特集「教師のための「お笑い」入門セミナー」

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『授業づくりネットワーク』編集部

 本欄では教師の「お笑い能力向上」に役立ちそうな本を紹介する。要するに「お笑い」のテクニックについて触れた技法書の紹介である。ただしこうした技法書は数が少ないので、絶版本も含め広く探索する。

●ビートたけし著『たけし吼える』(飛鳥新社・1984年)
 帯の文に「たけしを批判した57人をブッタ斬り」とある。本書は芸人たけしを批判した文章を再批判したコラムを集めた本である。いわゆる「お笑い」技法書ではないが、そちこちにビートたけしのお笑い技術論が出てくる。
「笑いのパーツってさ、いっぱいいあんの。わからんかね。過去の話ってだけで、十分パーツになる。どうしてパーツになり得るかっていうと、みんなに共通点があることだからね。共通点があるってことは印象が深いわけよ。『ああ、そうだった』っていう。共同印象論なの」
「要は観察力の問題だろうね。どんな作家だって、ポイントはそこしかない。的確に、いかに書くか。その能力の問題だと思うね」「一つのものに対して、自分なりの観察っていうか、感覚を向けること。これが抜けてるんだと思うね。フツーの人間は、見過ごしているとこがいっぱいあるわけ。いろんなものを神経を徹底的につかって見る。毎回ね。これをやってないと、お笑いなんてできない」
「オレはいつも歴史の本とか、科学、生物学、芸術、そのへんのやつは持って歩いて読んでるよ。お笑いをききにくるやつが知っているようなことは、最近知ってないと笑わせらんないって。お笑いだから知りませんってわけにはいかないの。誰でも知ってるようなことを、蓄積しておかないと、ギャグなんて作ってられないよ。作ってもウケない。世の中のほうが速いんだ。サイクルは。だから、ネタになるもののもとは常に食べ続けなくちゃダメなの。どれだけ食べて、どれだけ外に出すかという問題だからね」
 以上、いずれも「お笑い」ネタ論である。お笑いのネタをどうやって開発するか。3つのことを言っている。「思い出」「観察」「知識」である。これらの観点は自分で「ネタ起こし」をしようとする場合に役立つだろう。

●ダチョウ倶楽部著『定本瞬間芸大全』(太田出版・1988年)
 いまや人気絶頂のダチョウ倶楽部は売り出しの時期に瞬間芸を多用した。3人でチームを作ってピンではできない楽しい笑いをテレビからお茶の間に届けてくれた。この本はダチョウ倶楽部の瞬間芸ネタ集である。
「つかみ、とは舞台に登場して一番最初に放つギャグのことです。たとえば、コロッケさんの場合なら、出てきてマイクへ向かう途中わざとズッコケます。染之助・染太郎さん達の場合は『どうもどうも』と大声で挨拶しまくっています。これがつかみです。『この人たちなにやるんだろう。どういう人たちなんだろう』という見ている側の緊張感をバカバカしいズッコケ、あるいはバカバカしい大声によって緩和させ、笑いやすい空気をその場に作ってやるのが、つかみの目的です。ドッカーンと笑いをとる必要はありません。見ている人たちの顔の筋肉をほぐし、笑いやすい空気を作るわけです」
「何人で演じようと、複数で芸をする場合、行為する人と行為を受け止める人という構図が局面局面で訪れ、ネタが展開して行きます。つまりは、行為者が局面を提示し、それを落とすのが受けてのリアクションということになるのです。まず、リアクションの基本は驚きです。“エーッ”とか“オオー”とか。マンガのリアクションを参考にすれば、みなさんも簡単にマスターできるでしょう。さらに、その上の技術としては、発見と関心があります。驚きは“オオー”ですが、発見は“オッ”。微妙なニュアンスとさりげない演技力が問われますので、素人さんには不適当でしょう」
 ボケ役がバカなことをすると、お笑い好きでないひとはすぐ勘違いする。ただふざけているのだと思ってしまうらしいのである。ダチョウ倶楽部の「つかみ」「リアクション」には定評があるが、その「お笑い」の裏には以上のような場の読み、演技力が隠されているのである。

●渡辺正行著『渡辺正行の笑いの構造』(廣済堂・1991年)
 コント赤信号のリーダーとして登場した渡辺正行氏はもともと演劇畑の出身である。明治大学経営学部卒業。剣道三段。劇団の座長などもつとめる「お笑い」理論派の一人である。
「どんな小さな笑いでも、人間が他の人間を意図的に笑わせるためには、必ずそこにテクニックが入っている。あなたのまわりにいる面白い人というのは、みんなそのテクニックをバンバンつかっているのだ」
「人々の生活の中に自然発生して生まれる偶然の笑い、これを観察しておいて自分が演じ、人々を笑わせていけばよいのである」「この偶然の笑いを研究していけば『なぜ人が笑うか』が分かり、それが分かれば、そのことができるように練習をつむ。人を意図的に笑わせることができるようになってくるというわけだ」
「大事なのは、自分が面白いと思ったところはなく、お客さんが笑ったところをメモするということだ。自分が面白いと思ったところはあくまでも自分のセンスにすぎない。お客さんが笑うところ、それが時代の笑いなのだ」
「細かく笑いのパターンを勉強しておくというのは、大変に重要だ。ネタを作るのも早くなるし、アドリブもきくようになる。パターンは絶対に細かく分析して勉強しないといけない。人間は芝居や映画を見ても、印象に残るシーンは覚えているけれど、細かな所は忘れてしまうものだ。だからこそメモが大事なのだ」
 笑いを創り出すための「上達論」がここにはある。文章読本を調べた時、純文学系より大衆文学系の人たちの方が技術について自覚的に書いていることに気がついた。「授業」も「笑い」も自覚的技術の蓄積なしには「時代の××」は創り出せないということだろう。

●マルコム・クシュナー著『笑うビジネスマン-アメリカン・ユーモアの極意』(TBSブリタニカ・1992年)
 アメリカのビジネスではユーモアが価値ある役割を果たす。著者は弁護士転じて、世界初のユーモア・コンサルタントだという。
「自分で自分をけなすユーモアは、リーダーシップの特性である。このユーモアは、強さと自信を反映する。それは自分自身を笑いものにできるほど、十分自分を確信していることを示す。これはまた人間関係をつくりだし、志気を高め、読者はもっと好ましい人間になる」「自分をけなすちょっとしたユーモアは、話し手が自分自身を笑いものにできるほど十分自信をもっていることを示している。それは聞き手との間のかけ橋をつくる」「おもちゃをオフィスに置くことは、健全なユーモアのセンスを黙って伝える方法の一つである。他にもまだ方法はたくさんある」
 リーダーのユーモアについて語っている点が興味深い。教師のユーモア・お笑いについて考える際に大いに参考になる一冊である。

(この文章の転載にあたっては、執筆者・編集者の許諾を得ております)

Published: 9月 25th, 2010 at 21:04
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