山川晃史「あえて「下に『落とす』笑い」をめざして」

『授業づくりネットワーク』(学事出版)2001年2月号特集「実践・わたしのお笑い教師道」

あえて「下に『落とす』笑い」をめざして
  山川晃史(三重大学教育学部附属中学校(当時))

1 明石家さんまから学ぶ

 テレビ番組から学ぶ「お笑いトーク術」といえば、やはり明石家さんまを抜きにしては語れない。「恋のから騒ぎ」「あっぱれさんま大先生」「さんまのからくりTV」「明石家マンション物語」などをよく見る。
 わたしは、さんまの出演している数々のトーク番組から次の点を学んだ。

あえて相手を下に「落とす」技術

 「さんま」といえば、シドニーオリンピックのキャスターを務め、話題となった。
 ナンシー関氏は、さんまの「笑いの手法」について次のようにいう。

 明石家さんまが普段からよくやる方法であるが、もてなすべき客をあえて下に落とす、その「落とす」ことこそが持ち上げるよりもワンランク上のもてなしであるというパターンがある。今回のオリンピック番組でも、これは多用されていた。たとえば銀メダルを獲ったソフトボールチームを現地のスタジオに招いた時も、締めは「メダリストや思て我慢してたけど、すまん、帰ってくれ」であった。そう言われたソフトチームは、もちろん大喜び。これが日本テレビのキャスティングの狙いでもあろう。
                                                             (『噂の真相』2000年11月号 60頁)

 しかし、これを教室で用いるには、なかなか難しい技術である。なぜか。それは、教師が「明石家さんま」ではないからだ。つまり、生徒側に「心構え」ができていないからである。両者の関係の問題であるともいえる。
 オリンピックの話題に戻るが、さんまがが担当した番組が最も視聴率を叩き出したらしい。それは、さんま個人の人気に支えられただけではなく、メダリストたちの「素顔」をさんまが引き出したからに他ならない。
 ナンシー関氏は、次のようにもいう。

そんなさんまは、招いたメダリスト他の選手達の、他局出演の時より「ぶっちゃけた」一面を引き出していた。日本テレビも万歳だ。いや、ぶっちゃけた一面はさんまが引き出したというより、選手側の「さんま観」の表れだと思う。さんまがちゃんといじってくれるという確信のもと、「ぶっちゃけ」るというのは、一見さんまに主導権があるように見えるが、さんまが見切られてるとも言える。
                                                             (『噂の真相』2000年11月号 60頁)

 さんまの「笑いの手法」を学ぶには、形態だけをまねてもダメである。生徒に「教師がいじってくれる」という「教師観」をもたせることが必要なのだ。

2 「ぼけ」と「つっこみ」の逆転

 さて、生徒に「教師がいじってくれる」という「教師観」をもたせるためには、どうすればよいか。
『授業づくりネットワーク2000東京大会』において、上條晴夫氏はおよそ次のようなことを述べた。

これからは教師が「ぼける」よりも、生徒が「ぼけ」て、それに教師が「つっこみ」を入れるような笑いをつくり出すべきだ。

 賛成である。これまでの教室における「笑い」を「ぼけ」と「つっこみ」という観点からみると、教師が「ぼけ」て、生徒が「つっこむ」というものが多かった。それを逆転させるのである。「あえて下に落とす」ことが「笑い」になるためには、まず、この教師の「つっこみ」が必要だと考えるのである。
 しかし、これもまた高度な「技術」が必要である。第一、生徒が「ぼけ」てくれないから「つっこみ」ようがない。そこで、生徒の意識しない「ぼけ」につっこみを入れるのである。
 例をあげる。
 定期試験の返却の時間を利用するのである。その際、生徒の「誤答」をチェックし「ネタ」を探しておくのである。例えば、2学期期末試験で「竹取物語」の冒頭部分を提示し、翁が見つけた「三寸ばかりなる人」に、何という名前がつけられたかという問いがあった。いうまでもなく「かぐや姫」である。だれでも答えられる「サービス問題」である。ところが、一人だけ「親指姫」と書いた生徒がいたのである。そこで、試験返却の際にそのことを生徒にいう。大受けである。さらに、次のように付け加える。

親指姫は竹の中から生まれたんでしたっけ? 勉強になりました。

 ついでに、次のような問いをしてもよい。

かぐや姫と親指姫は生まれたときどっちが大きかったでしょう?

 同様のことは、生徒のノートを読むときにもいえる。生徒の「誤字」につっこむのである。
 例えば、生徒には「意外」と書くべきところを「以外」と書くまちがいが多い。そのときに次のようにいう。

中学生にもなって、こんなまちがいをするとは、本当に「意外」だなあ。

 このような教師のつっこみに慣れると、中には授業中わざと「ぼける」生徒が出てくる。
 例を二つあげる。
 古典の学習で「竹取物語」と「今昔物語集」とでは、どちらが早く書かれたかという問いに行ったときのことである。このような確認の問いは、挙手させず、生徒に口々に言わせるようにしている。「竹取」という声に混じって、「今昔」という声も聞こえる。そのとき、「こんにゃく」の叫んだ生徒がいたのである。その「ぼけ」に応えるかのように、「はえとり」とか「もちとり」という生徒がいる。こうなると、「ぼけ」合戦である。また、だれかが「桃太郎」とつぶやいたのをきっかけに、「金太郎」「一寸法師」とつづく。オチは、最初に「こんにゃく」と「ぼけ」た生徒の見事な一言、「ヘンゼルとグレーテル!」であった。
 その間、教師は笑って生徒のつぶやきや叫びを聞いていただけである。
 もう一つの例をあげる。
 漢字ゲーム中の出来事である。
 生徒は2字熟語を発表するのであるが、それが熟語として成立するかどうか判断に迷う場合がある。そのとき、「国語辞典」に載っていれば認めるというルールにしている。以下、そのときの授業記録である。(記録者は、三重大学教育学部4年生奥村晶代さん)

(教師は「億万」という語を辞書で引く)
教師:はい、ダメです。
生徒:(教師の方を指さし)なあ、辞書なんて、それなあ、ボロいからあかんで。ははっ。(最後は笑いながら)
   (他の生徒も笑う)
教師:悪かったなあ、ボロい辞書でぇ。(ちっちゃい子どもが、自分のプライドを誇示しようとして怒っているときのような口調で、最後は笑いながら)
   (他の生徒笑う)
   (他の生徒の声:それはあかんぞ、それはあかんぞ。)
生徒:(先の「辞書ボロい発言」をフォローさせようとするかのような笑顔で)
   それよりもなあ、先生のなあ、先生の辞典がいいや。頭の、頭の中の辞典がいいや。
教師:もう遅い。ダメっ!
   (他の生徒笑う)

 生徒の「ボロい辞書発言」を受けて、筆者は、「悪かったなあ、ボロい辞書で。」と応酬した。通常は、ここで終わりである。しかし、このときは、まだ続きがあった。生徒は「先生の頭の中の辞書がいいや」と「ぼけ」たのである。予期せぬ「ぼけ」につっこむことはできなかった。見事に一本取られてしまった。
 もちろん、生徒は、筆者の「辞書好き」を知ったうえで、しかも冗談とも本気ともつかない調子で発言しているのである。
 二つの例をあげたが、このような生徒の発言は邪道であり、授業の流れを妨げるものであるという意見もあろう。もちろん、限度を越えるような悪ふざけになってはいけないが、教師の許せる範囲で生徒に任せることが重要である。
 そして、このような機会を逃さず、対応することが重要であり、「教師がいじってくれる」という「教師観」につながるのである。

3 「下に『落とす』」ことの教育的意味

 このような生徒による「ぼけ」が授業で見られるようになると、「あえて生徒を下に『落とす』」ことも、「笑い」になる。
 生徒の「まちがった答」をとりあげて、下に「落と」しても、教師が生徒をバカにしているという雰囲気にはならず、「笑い」となる。
 では、「あえて生徒を下に『落とす』」ことにどのような教育的意味があるのか。もちろん、「笑い」のある「雰囲気」ができること自体大きな意味があるが、それだけではない。
 生徒にとって、この方法は「わかり方」や「知識の定着」に大きな影響を与えると思うのである。たとえば、例にあげた「意外」と「以外」の使い分けなどは、「下に『落とす』」ことによって、生徒は(当の生徒だけではなく、周りの生徒も含めて)その使い分けをより意識しやすくなるのではないかと考える。よく言われる「生徒のまちがいをもとにした授業の展開」であるが、そこに「笑い」を加えるという方法である。
 さて、最後に配慮することを述べておく。もちろん、このような方法はどの生徒にも使えるわけではない。つっこんだり、「落と」したりしても大丈夫だと判断した生徒に対してだけ用いるべきである。具体的には、次のような生徒である。

1 学力の高い生徒
2 教師の言葉に耐えられるような、「打たれ強い」生徒
3 教師の言葉に対して、言葉を投げ返せるような生徒

 授業において、生徒を「下に『落とす』」ことで、「笑い」が取れるようになったら、「お笑い教師道」のプロであると考えている。
 そのためには、「芸」を磨くことはもちろんだが、まず、生徒との関係を作り上げることがなによりも重要である。逆にいえば、「下に『落とす』笑い」が成立するかどうかは、教師と生徒の人間関係ができているかどうかのバロメータなのである。
 筆者の「お笑い教師道」の道のりは、長い。

(この文章の転載にあたっては、執筆者・編集者の許諾を得ております)

Published: 9月 25th, 2010 at 20:27
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