惣田徹也「お笑いトーク術を磨く」

『授業づくりネットワーク』(学事出版)2001年2月号特集「実践・わたしのお笑い教師道」

お笑いトーク術を磨く
  惣田徹也(北海道・三笠市立美園小学校)

1 自己紹介

 まずは自己紹介から。「昨日、うちの裏の交差点で、タクシーとトラックが出合い頭にガーンとぶつかって、そりゃあもう大変だった……って、その事故紹介してどうすんの!」

2 ダウンタウンに学ぶ

 今や人気絶頂のお笑いコンビ。浜田雅功氏、松本人志氏の二人組である。浜田氏の誰しも恐れない勇気あるツッコミと松本氏の発想の意外性は、見ていて「流石、プロ」と思わせる。
1 「意外性」が笑いを呼ぶ
 そんな中でも私のよく見るテレビは、四角いテレビである。(もうやめます。)2人の出演するテレビ番組に「ヘイ×3、ミュージックチャンプ」がある。ゲストとのトークが楽しい番組である。この間、ゲストに「ピエロ」というバンドが来ていた。メンバーの1人が、ダウンタウンの2人に受け答えしていたが、他のメンバーは黙っていた。その無口さに、松本氏のツッコミ。「こんなにサービス精神のないピエロもめずらしいですけどね」。さらに、そのメンバーの1人が、目の回りを黒くふちどるようにメイクしていた。それを見てこう言った。「あんまり辛かったら、学校一ランク落としてもええねんで。そんなに無理して勉強せんでもええ」と。
 人と話しながら、頭の中で「何を考えてるんだ」と思うほど、新鮮な切り口からのツッコミがとんでくる。単なるバンド名、「ピエロ」を、本物の「ピエロ」と結び付けてしまう機転。そして、目の回りの黒いメイクを「クマ」に見立て、場面設定までしてツッコミを入れる頭の回転の速さ。まさに〔プロ〕だと思う。そんな松本氏から学んだこと、それは、

 今から連想し、他の人が考えつかない所まで離れて行く

ということだ。それによって生まれる意外性が笑いとなる。それにしても、人と話をしつつ、短時間でこの作業ができるのは、やはりプロだ。
2 「のりつっこみ」で笑いが倍増
 数年前、「ダウンタウンのごっつええ感じ」という番組があった。その中の、松本氏演じる、「MR・ベーター」というキャラクターが好きだった。そこで学んだのが「のりつっこみ」である。この技を使えば、笑いが倍増する。例えば次のような感じである。(作品名「大工」)

A おおい、B ペンチ取ってくれ
B (うなずき、取りに行き、○○を持って登場)
A そうそう、こうやって腰かけてな、みよちゃん3時に約束したのに遅いなあ……
   って、これ、ベンチじゃねえか。
                             (早津拓加浩・惣田徹也 97年作)

 線を引いた部分が「のり」の部分である。ツッコミだけの時と比べると、お笑い度は倍増する。相手の「ボケ」に一度のること。ぜひ、覚えておきたい技術である。
3 お笑いでも「変化のある繰り返し」
 向山洋一氏が、「教室ツーウェイ」(94年2月号、明治図書)で次のように述べている。

 向山の授業の一つは、「変化のある繰り返し」によって、説明することができる。この方面の実践家は、少ないけれど、ぜひ追試していただきたい。変化のある繰り返しの名手を二人あげるとすれば、次の人となる。「萩本欽一とタモリ」この二人こそ、「変化のある繰り返し」の名手であり、そのことによって、今日の地位を築いたといっても過言ではないのである。

 それを受けて、小林幸雄氏は、「変化のある繰り返しで授業を構成する」(96年、明治図書)の中で、次のように述べている。

 確かに彼らをTVで見ていると、単発では笑えないネタであっても、いつの間にか笑いに引き込まれてしまう。
                                                  (中略 惣田)
変化のある繰り返しだからこそ、観客は次の展開を予想し、期待するのである。その予想とのずれが、又、変化のおもしろみが、笑いを倍増するのである。

「お笑い技術」と「教育技術」の意外な共通点である。ダウンタウンしかり、お笑い芸人さんは、実に上手に、「変化のある繰り返し」を使いこなす。私と友人が作成したつたないネタも、変化をつけ繰り返すことでレベルアップする。

A おまえが持ってきたのはベンチ。俺が頼んだのはペンチ。ペンチを持ってきてくれ。
B (うなずき、取りに行き、○○を運転して戻ってくる)
A そうそう、やっぱり、高級車はええなあ。シートが革やで。座り心地もええわ……
   って、これ、ベンツやないか!

 実はまだまだ続くが、この辺でやめておく。いかがであろうか。「お笑い」でも、「変化のある繰り返し」は、効果的である。

3 教室で笑いを巻き起こす!

 これら笑いの技術を実践してどうだったか。エピソードを紹介する。その前に、私が子ども達と接する時、気をつけていることが1つある。

 普通のおじさん(お兄さん)としての、自分をさらけ出すことをする

 元来、人を笑わせることが好きだった。教育実習では、休み時間はとにかく普通のお兄さんとして、だじゃれを言ったり、物まねをしたりと、やりたい放題やった。そして、子どもとも親しくなった。が、ある日、「これでいいのか」という思いが頭をよぎった。次の日から一線を引くようにした。前のような会話はなくなった。実際に教師になってからも、悩んだ。悩んだ末、やはり、自分らしさを出すことにした。自分を抑え付けた抑圧された状態では、笑いも抑え付けられてしまう。自分が心を解放しなければ、子どもだって、解放してくれない。今は、笑いという銃で子ども達のハートを狙い撃ち続けている。(外すことの方が多いが、失敗は成功のもと、数うちゃ当たる!である。)
1 「ああ、○○ね。昨日うちに来たよ。」
 子ども達は話すのが好きだ。「先生昨日ね、ドラえもん見た」など、興味のあることを話したがる。そんな時、使える意外性ネタ。

 ああ、ドラえもんね。昨日、先生の家に遊びに来たよ。晩ごはんに、ドラ焼き10個食べていったよ。

「クスクス。」「エーッ。」このネタが好きで、毎回よく笑ってくれる子がいる。何度も行うことで、「変化のある繰り返し」的効果もある。
2 「お母さん、いや先生!」
 こんなご経験ないだろうか。

 子どもに、「母さん!」と言われたこと

 私は教師になってから2回ある。そんな時「何言ってるの。」と言ってしまえばそれまで。しかし、一度「のる」のだ。お母さんになって、

 はい、○○ちゃん(子どもの名前)ご飯にする、お風呂、先に入る。

などと言う。これだけで、笑いが巻き起こる。
3 お笑いの教育的効果
 今回取り上げた技術は、実は、「ボケ」と「ツッコミ」の複合技である。どの技にも、「ボケ」が含まれている。
 そして、教室でこんなことを続けているうち気が付いたことがある。教師が「ボケ」を粘り強く続けていると、

 喋らなかった子が話すようになる

のである。A子がいた。おとなしい子で、向こうから私に話しかけてくることは、ほとんどなかった。私は、意図的にあちこちで「ボケ」続けた。その子はだんだんと「何言ってるの先生!」と「ツッコミ」を入れてくれるようになった。根気強く続けた。そうしているうちに、よく話してくれる子に変わっていったのである。
 さて、私は時々、作ったり学んだネタを子どもたちにやってみせる。ただ、やるだけでなく、

 子どもを相方にしてやって見せる

 この時、クラスで目立たないような子を選ぶ。その子は、注目を浴びる。また、やって見せることで、まねする子が出る。係活動で、お笑いの会社ができたりする。「先生、見てください」と、ネタをわざわざ見せにくるほどである。お笑いは、教師と子どもとの距離を縮めるのだ。

4 お笑いの力量をあげるために

「おもしろい」と言われる人がいる。その人はなぜおもしろいのか。それは、やはり、「笑わしたろう」と思って、頭を使って考えて努力をしているのである。なぜなら、「笑いを取る」には、実はインテリジェンスが必要なのだ。当たり前のことを言っていては、笑いは取れないのだから。
 そんな人にどうやったらなれるか。教師修行、お笑い修行、共通して言えることは、

 すぐれた実践を追試する

ことである。本誌154号で、上條晴夫氏が言うように、ネタを蓄積する必要がある。プロの実践からはやはり学ぶことが多い。「爆笑オンエアバトル」(NHK金曜深夜)などはお薦めである。
  大切なのは、笑いの視野を広げながら、

 ネタを蓄積し、意図的にやってみる

ということだ、続けることで自分の一部になっていくのだ。
 最後に『古典落語百席』(立川志の輔、97年、PHP研究所)前書きより。

「先生右足が痛いんですが、見ていただけますか」「はい、レントゲンの結果からは(中略、惣田)右足は大丈夫ですよ、おじいさん」「じゃ、何です、この痛みは」「まあ、お齢のせいでしょう」「先生いいかげんな診断しないでください」「どうしてです」「齢のせいって、左足も同い年だよ」

 落語も趣深い。お笑い教師道を極めるべく修行は続く……

(この文章の転載にあたっては、執筆者・編集者の許諾を得ております)

Published: 9月 25th, 2010 at 20:25
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