佐藤民男「お笑いの命はタイミング。だから……。」

『授業づくりネットワーク』(学事出版)2001年2月号特集「実践・わたしのお笑い教師道」

お笑いの命はタイミング。だから……。
  佐藤民男(東京・中野区立桃園第三小学校)

1 ボクのお笑いは生活習慣病

 原稿を依頼されて、正直はたと困った。
 ボクは、「お笑い教師道」なるものを意識してやったことがないからだ。
 でも、確かに子どもたちは、ボクの話でよく笑う。
 今日の授業でも何度も笑いが起こった。
 昨年の学級は、殊の外、子どもたちのノリがよく、ボクの話で毎日のように大笑いし、文字通り椅子から転げ落ちる子もいた。
 転任後、昨年の学級の子どもたちが新担任に言ったそうだ。
「先生も、佐藤先生のように『一人芝居』をしてください」
 なるほどねぇ、子どもはなかなかおもしろいことを言うものだ。「一人芝居」とは……ねぇ。
 時に、漫談のように、小さな話を大きくして話をするが、どうやらそんなことを「一人芝居」と言ったようだ。
 こんなボクは、小さい頃から周りの者を笑わせていた。
 自己顕示欲が強く、目立ちたがりや。おしゃべりで、周りの者を笑わせるのに快感(?)を覚える。まあ、クラスに必ず一人か二人はいるタイプの人間だ。
 よーするに、ボクのお笑いは生活習慣病と化しているのだ。それを改めて理論化し、ウンチクを傾けて話すなんざぁ、ちと、きびしい。
 先日、クラスのある男の子(4年生)に、自分のいいところを言ってごらん、と聞いた。
 その男の子はなかなか味のあることを言った。
「自分で自分を見つけることはむずかしい」
 今、まさに同じような心境だ。

2 お笑いトーク番組なんて見ない!

 まず最初に、はっきりと断っておく。
 ボクはテレビのお笑いトーク番組で、お笑いを学んだことはない。
 だいたい今のボクは、完全に「オジサン」で、今やってるお笑い番組・お笑いトーク番組でおもしろいと思ったものはない。だから見ない。
 給食中、子どもたちが盛んに話題にしていた『笑う犬の冒険』など、何がおもしろいのかさっぱりわからず、一度見ただけで止めた。
 ボクが熱中して見ていたお笑い番組は、『オレたちひょうきん族』が最後だ。古いな、やっぱり。
 てなわけで、今回、この原稿を書くにあたり、普段見ない『踊る!さんま御殿』を意図的に見てみた。
 やっぱり毎週みたいなぁ、とは思わなかった。が、さんまと自分を比べて気づいたことがいくつかあった。そんなところから、話をしよう。

3 子どもの言葉にツッコミを入れる

『踊る!さんま御殿』で、さんまは司会者だ。
 で、さんまは多くのゲストにしゃべらせ、それをおもしろおかしくつないでいく。
 ゲストへの話のふり方はもちろんだが、それ以上に興味深かったのが、ゲストの話にツッコミを入れ、話を膨らませていくところだ。
 似たようなことは、ボクも教室でよくやる。
 子どものちょっとした発言・つぶやきにツッコミを入れ、話を大きくしていく。
 今日の算数の授業での話だ。
 分数のひき算の説明をしていると、その問題をまちがえた女の子が、突然、声を上げた。
「オー・マイ・ガーッ!」
 間髪を入れずに、ボクは言った。
「何?おまえ』?どういうことだ?」
 子どもたちは笑い出す。畳みかけるように、続けてボクは言う。
「え?おまえは『』って、先生は蛾か?先生はこれでも人間だぞ。だいたい、こんな立派な先生に対して、『おまえ』なんて、失礼じゃあないか」
 本人は笑いながら、「ちがうよ。ちがうよ」と否定し、クラス中が笑いの渦に包まれた。
 パッと盛り上がったところで、サッと引き、次の分数の問題へと移る。

4 子どものしぐさにツッコミを入れる

 ツッコミを入れるのは、子どもが発する言葉だけではない。
 子どもの動作・しぐさにもツッコミを入れる。
 たまたま見た番組で、さんまもゲストにやっていた。
「あんた、先から(顔を押さえて)こんなことして、何してんねん。いいかげん止めなはれ!」
 会場は爆笑。
 一方、ボクの場合……。
 子どもたちは発言する際、教師を意識してよく教師の顔を見る。見続けて話すといってもいい。友達の方を見て言いなさい、と言っても討論などでない場合、なかなかうまくいかない。
 そんな時、やさしくカマっぽく言う。
「先生がいい男だからって、そんなに見つめなくていいよ。あんまり熱いまなざしで見つめられちゃうと、先生……恥ずかしくって赤くなっちゃう」
「ゲーッ!気持ちわりー」と言いつつ、笑う。
 ここで一転、べらんめぇ調の太い声で一発かます。
「なーにが『ゲーッ』じゃい!こっちだって好きでやってんじゃあねえやい!」
 この落差で爆笑。そしてこの後、友達の方を見て発言するよう促す。
 ところで、授業中、必ずボーッとしている子がいるものだ。
 しめしめ……ほら、今日もまたいる。
「○○くーん、大丈夫ですかぁー」
 この一言で子どもはこちらを向く。お笑い勝負はこの後だ。
「本当に大丈夫?あーよかった。今、○○君は幽体離脱していて、魂がふーっとあの世に行きかけてたよ。(教室の窓を指して)あの辺まで魂飛んでいたもんなあ。危ないところだった。おい、本当に大丈夫か?先生が救ってやったんだから感謝しなさい」
 もう教室中、大笑いだ。これをやると、しばらくの間、「幽体離脱」という言葉がクラスで流行る。子どもたちはこの手の話が好きなのだ。

5 「おもしろい!」と言ってただ笑う

 でもねぇ、いきなりツッコミを入れろ!と言われても、なかなかできない人もいるはずだ。まあ、無理は禁物。体に悪い。お笑いで体を悪くするなんて、愚の骨頂!
 で、そんな方にオススメなのが、子どもを見てただ笑うことだ。
 さんまは番組で、じつによく笑う。
 同じように、ボクもよく笑う。大笑いする。
「ガハハハハ……」
 子どもは時にじつに予想外のことをする。それを見て素直に笑う。それだけでいい。
 教師が笑っていると、つられて子どもたちも笑うようになる。
「アハハハハ」
 すると、必ずこういう子が出てくる。
「何がおかしいのかわからないけど、先生を見てたらおかしくなっちゃった」
 とにかく、なーんもしなくていい。子どもの発言や子どものしぐさを見て大笑いし、一言「おもしろい!」とだけ言っていればいい。
 教師の笑いは自然に教室に広まっていく。
 あっ、そうそう、子どもの発言で笑う時は、特に、この「おもしろい!」を意識的にやった方がいい。
 馬鹿にして笑ってるんじゃないよ、ウケて笑ってるんだよ、あなたの発言はユニークでいいよ、というメッセージをしっかり伝えていくためだ。

6 トークといっしょにパフォーマンスを

「トーク術」なのに、ただ笑うだけ?と疑問をお持ちのあなた。何言ってんの!ちゃんと一言「おもしろい!」とトークしてるでしょ。
 というのは単なる屁理屈。まじめな話、ボクが笑うという行為を取り上げたのは、〈お笑いにとって、トークとパフォーマンスは切っても切れない関係にある〉と考えるからだ。
 教師はある意味、役者(ここでは芸人の方がいいかな)兼演出家だ。教室という舞台で、子どもという観客を前にして、授業という芝居を観客を巻き込みながら、演じたり、演出したりしているのだ。
 役者である以上、パフォーマンスは必要不可欠なものだ。
 一日の始まり。朝のあいさつ。日直の「起立!」の号令直後、笑いは起こせる。
 直立不動のまま、目を寄り目にする。眉間にしわを寄せる。鼻を膨らます。にこ~っと笑顔をつくる。何でもいい。
 子どもたちがくすくす笑い、姿勢が崩れたらトークで一喝。
「姿勢を崩すんじゃない!」
 非難の声とともに笑いが起こる。
 授業で板書。不注意でも意図的でもいい。まちがえたとする。
「先生、まちがえてますよ」
 気の利いた子が教えてくれる。
 さて、お笑いシーンをつくる絶好の機会の到来だ。お笑いパターンはいくつもある。
 ジロッとその子をにらみ、一転して「ありがとう」と笑顔で応える。(笑い)
 別のパターン。
 注意を受けた瞬間、動きを止め(ポーズ)、「先生、どうしたんですか?」の声を誘い出す。で、黒板の字を何気なく消しながら、一言。
「何かあったんですか?」(笑い)
 も一つ別のパターン。
 注意を受けた瞬間、動きを止める、までは同じ。その後、突如興奮してわめき散らす。
「あー、まちがえましたよ。いけないんですか。まちがっちゃあダメなんですか!いくら天才だと言われている私だって、一万回に一回くらいはまちがえますよ。えっ、みなさん、まちがっちゃあ、いけないんですか!」
 子どもたちを全体ににらみながら、肩でハァハァと息をする。(笑い)
 この辺りまでくると、冒頭で紹介した「一人芝居」になるのであろうか。
 いずれにしても、小さなことでいい。自分に合ったお笑いパフォーマンスをもつと楽しい。

7 お笑いの出発は子どもウォッチング

 ボクのお笑いは洒落ではない。タイミングだ。
 そう、お笑いはタイミング。その一瞬を逃したら、もうシラケてしまう。
 だから、子どもをよく見、ここだと感じるセンスを磨くことが必要だ。
 言葉を換えて言えば、お笑いの出発は子どもウォッチング、ともいえる。
 子どもが硬い雰囲気の時は、軽い笑いを起こし、柔らかくなってきたら、畳みかけて攻撃する(トークする?)
 いずれにしても、まずは子どもの発言・しぐさをよく見、それにタイミングよく反応し、小さな笑いをとることから始めることだ。
 大爆笑より小さな笑顔……。この積み重ねが、学級にお笑いの土壌をつくる。

(この文章の転載にあたっては、執筆者・編集者の許諾を得ております)

Published: 9月 25th, 2010 at 20:24
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