第3章

藤野賢治「学校教育における「笑い」の導入」
(2003年度 早稲田大学卒業論文)


第三章 学校教育での「笑い」の導入実例

第一節 新潟県における学校教育とお笑い集団「NAMARA」との提携

 新潟県で、平成9年4月に設立された「NAMARA」1というお笑い集団がある。NAMARAはライブ活動、テレビ、ラジオ、CM出演などの活動とは別に、県内220ヶ所の福祉施設や幼稚園を紙芝居して回ったり2、小中学校や高校で生徒や保護者を交えてのトークイベント3をしたり、総合学習で出張授業をするなど学校教育と提携した活動を行っている。新潟市の濁川中学校では、1、2年生が3年生を送る会でのコントの作り方を指導するために、NAMARAのメンバーが学校の放課後に三週間通った。クラスごとに担当者を決め、生徒が考えたアイデアをコントにまとめる作業や演技、小道具作りなどを手伝った。本番では1年生3クラスがそれぞれ「卒業式」など学校行事を題材にした5分程度のコントを発表した4。同校では毎年全校生徒を対象にして、スーパー、病院、保育園など約四十業種の中から自分の興味のあるものを選んで職業体験を実施している。その職業の中に1999年から「NAMARA」事務局での職業体験も加わった。1日目は、アフロや長髪のかつらをかぶって新潟駅前で芸人と一緒に即興のお笑いライブを行い、その後はラジオ番組の収録などを体験する。2日目は営業用資料の封詰め作業や衣裳部屋の見学などを行っている。生徒たちは感想などをリポートにまとめ、十月の文化祭で紹介することになっている5。同市の両川中学校では総合学習の授業にNAMARAの芸人が出張し、特産品の桃のPR方法や商品開発を生徒と一緒に考えた。2001年4月には、NAMARA芸人が小中学校の新採用教員研修で新人教員28人に「笑い作り」という講座の講師を担当した。研修内容は進路、不登校、携帯電話をテーマにお笑いを取り入れた寸劇作り。新人教員立ちは3班に分かれ、30分ほどでストーリーを考えると、カツラや衣装をつけて、出会い系サイトに挑戦するおじいちゃんや不登校児の相談にのる家族などのコントが生まれた6。他にもNAMARAは、PTA講演会でジェスチャーゲームを通して、親子間の対話における伝えようとする心と分かろうとする気持ちの大切さを訴えかける活動も行っている7。 

第二節 現場の教師による授業の中での笑いの導入の実践

 「教室にもっと笑いを」
 2001年1月29日、朝日新聞の教育面にそのような見出しがみられた。その面にはゆとりがないと言われる小学校にもっと笑いを、ということで埼玉の小学校での実践が載せられていた。埼玉県朝霞市立朝霞第二小学校の教師である増田修治先生は、子どものユーモアを活かした詩を書かせる実践をしている。あるクラスで、詩が載った学級通信を配ると、子ども達はすぐに読み笑い始めた。子どもの気持ちがストレートに表れる詩には教室に笑いを生んだ。詩の内容は父母にも好評だった。週に3回子ども達はノートに詩を書き、提出する。詩は学級通信に載せ、学期末には詩集にして配る。
 先生が笑いに対する理解を深めることが、教育と笑いの結びつきを波及させるよい方法となる。笑いについて真剣に考え始めた先生たちが立ち上がった。1999年、東京駒場の宿泊施設で、フジテレビの番組「やっぱりさんま大先生」のビデオ学習会が開催された8。この会は元小学校教員で現在教育ライターとしてさまざまな研究会活動を実践している上條晴夫氏によって企画された。参加した小学校から大学までの教員は、ビデオを見て、タレントの明石家さんまが大勢の小学生を相手に笑いを起こす技術を研究した。そこで分かったことは子どもの話を一言一言「うん」「うん」と肯定しながら聞く集中して話を聞き、細かいところも聞き逃さない速く大きなリアクション子どもの答えが質問からずれたり、要領を得なかったりしても、最後まできちんと話を聞き、決して否定しない、ことだった。さらに、教師役の明石家さんまが面白いことを言うというより、子ども達から起きる笑いをうまく拾って広げていることも分かった。同じ年に、東京都千代田区のホールで、お笑い評論家の西条昇氏による「教師のためのお笑い実践セミナー」という講座が3回行われた9。セミナーは西条氏がその年に発足させた「お笑い教育推進委員会」が主催した。講座では教師や子どもの笑いのセンスを磨くために、テーマを決めてうそのスピーチをする「ユーモアスピーチ」や、言われた方が笑ってしまうネーミングを考える「あだ名つけ合戦」や先述の永盛先生が用いていた「あるあるネタ合戦」などの教室でも簡単にできるゲームを紹介した。
 上條氏が代表を務める、全国の教師が自分の授業の実践や考え方を紹介し学び合っている「授業づくりネットワーク」という団体がある。「授業づくりネットワーク」では機関誌の中で教室に笑いをとりいれた授業実践も紹介している。北海道三笠市立美園小学校の教師である惣田徹也先生は、出会いの時にお薦めのお笑いバラエティーゲームとして「ウソ当て推理ゲーム」を本誌10の中で紹介している。ゲームの内容は「1.四~五人を一グループとする。2.お題の内容を、みんなの前で発表する。しかし、グループの中の一人は、本当ではないウソの話をする。3.聞いている人は、誰がうそをついているのか推理し、ワークシートに書く。4.♪チャーラーラーラーラー♪という音の後、ウソをついていた人は立つ。」の手順で行われる。惣田先生は「最初のお題は、昨日したことです。まず、ウソをつく人を決めます。時間は三十秒。ではどうぞ。」と生徒に投げかける。生徒に、発表する内容を一分で決めさせた。発表者五人が黒板前の椅子に座った。「昨日、サッカーをしました。」サッカーを習ってる子が言った。「バレバレじゃない!」と惣田先生が言うと、生徒の中に笑いが起きる。「昨日、サティに行って、買い物に、えっと、サティに買い物に、行きました。」ともう1人の生徒が言うと、「はい!ウソ!」「ウソだあ!」と言う声が飛び交う。さらに、「A君、ずいぶん、噛んでましたね。」と惣田先生がツッコミを入れた。さらに、笑いが膨らむ。五名全員が発表後、「さて、うそをついたのは誰でしょう。♪チャ―ラーラーラーラー♪」と先生の合図で、皆の予想通りA君が立ちあがると「アハハハハ。」と笑いは最高潮になった。このゲームをやった後、生徒の中には「みんなのことをいつもよりわかっておもしろかった。」という感想があった。楽しいと同時に初対面の子の人となりが見えてくる。さらに、名前を言ってから発表する、ワークシートに名前を書くことでお互いの名前を覚えていく効果もあった。同じく「授業づくりネットワーク」のメンバーである茨城県新利根町立柴崎小学校の教師である永盛文香先生は、学級活動の時間に先述の西条氏が紹介した「あるあるネタ合戦」を行った。4人ずつの班ごとに代表者が前に出て、2人ずつ対戦をする。普段の生活の中で「そういうことあるよなあ」という事柄を話して面白さを競う。子ども達はネタを用意してきている。例えば、「トランプでばば抜きをしていて、最後一枚6を持っていて、引いてきたのは9だったのに終わったと勘違いしてしまった」とか、「宿題をやろうと思うときに限って、『お風呂に入りなさい』と言われる」などの意見が飛び交う。聞く子ども達は「あるある」とか「あるかなあ」とか言いながら反応する。終わったら2人のうち面白い方に手を挙げて勝ち負けを決めるが、永盛先生は「迫力負けだね」「それ本当?」などと負けた方へのフォローを忘れない。

第三節 考察

 第一節での新潟県でのNAMARAの活動は教育に欠かせない存在となっている。学校にNAMARAを招いて生徒とお笑いを一緒にやることは、生徒の表現力を豊かにし、あざ笑うのではなく、誰もが心から笑える「お笑い」とは何かを考えることをねらいとしている。NAMARAの公演に行った中学校で、一人の生徒をステージに上げて一緒にコントをした時、その子がいじめっ子だったのが、コントをきっかけに周りの見方が変わり人気者になったという話まである。濁川中学校の職業体験では、大勢の中で自分自身を表現することや、大きな声で挨拶をすることによってマナーを身につけてほしいと願う教師の思いがある。トークイベントでは、重いテーマでも笑いがあることによって本音が話せることに意義を見出している。新人教員研修では、研修生がお笑い作りの経験を授業を演出する力とすることをねらいとしている。教育と笑いが結びつくことで、生徒が変わり学校が変わる。なぜこのような活動が全国的に今まで例がなかったのか。それは、学校で笑いを指導できる人材の不足である。全国にあるお笑い事務所にNAMARAのように学校に出張授業や公演を依頼したとしても現実的には困難である。所属する芸人たちはメディアで人を笑わせることを目的としている。その考えはNAMARAに所属する芸人ももちろん持っている。ただ、NAMARAがお笑いの発想を様々なジャンルとの融合に活かしていきたいという思いがあって活動しているから実現した結びつきだ。つまり、学校とお笑い事務所の提携はどこでも簡単には実現できることではないように思える。
 上條氏が「やっぱりさんま大先生」のビデオ学習会を開くほどに教育に笑いが必要だと思ったきっかけは学級崩壊だったという。上條氏は当時の取材で学級崩壊の具体的な現象を3つ挙げている。(1)子どもたちは授業より「私語・立ち歩き」が大事と考えはじめ、(2)クラス替え後にクレヨンしんちゃんの物真似が急増する。(3)子どもたちが授業で一番嫌いなのは「教師の話」である。このような状況の中で、「教師は従来の真面目一方の学校コミュニケーションではむりがある。教師はもっとエンターテナーになる必要がある。」という現場の教師たちの意見を聞いている。教師自身が学校教育への笑いを導入する必要がある。
 教師が笑いを導入する場合、二節で紹介した授業にゲームを取り入れることは、授業の場に笑いの生まれる状況をつくりやすいということになる。このバラエティーゲームのようなゲームを取り入れた授業では教師も子供たちと笑いを共有できることが大きい。そして、ここでの笑いも、学級崩壊現象を防ぐために非常に効果的なものであった。第一章の第三節で、学級崩壊での笑いは秩序破壊的な性質があると述べた。これは生徒が意図的に発する笑いである。授業でのお笑いゲームは、教師が意図的に生徒の笑いを生み出すので、授業の崩壊とは逆に運営をスムーズにする要素となる。エネルギーのありあまっている生徒を教師が作ったルールとフィールドの中で、全員が自由である状況を作りだす。その中では欲求をストレートに出した活動ができ、その活動は、みんなが成長する方向へ教師によってコントロールされている。笑いが授業の流れを活性化する要素として取り入れられていることは、教育と笑いの結びつきが認められていると言ってよいだろう。
 しかし、私の考える教師による学校教育への笑いの導入は、笑いを授業の運営の一助として利用するだけではない。それは生徒自身が人を笑わせる技術を学ぶことによって、生徒の学校生活の中での笑いの質を変えることにまで繋がるものでありたい。笑いの質を変えることに関して、例えばいじめがある。いじめの構造の中での笑いがテレビのバラエティー番組の罰ゲームからの影響にあった背景に、生徒たちの人を笑わせる技術の未熟さがある、と私は思う。いじめは、ある特定の人をおとしめることで笑いをとるという構造がある。第一章第一節の定義で取り上げたボードレールの言う「自己の優越の現れ」であることと「悪魔的」である笑いの一面が強く出ている。この時の笑いは同節の体系表中の【嘲笑】にあたり、攻撃的な一面が強い。嘲笑のメカニズムは(1)まずは他者への攻撃心を満たして、(2)相対的に自己の優越を確認すると同時に、(3)相手に社会的な制裁を下して、(4)しかも面白おかしく楽しむ、といった多様な欲求から成り立っている。それに対して、テレビのバラエティー番組の罰ゲームは嘲笑ではない。番組制作者がテレビを通して視聴者を笑わせているのだ。例えば、お笑い芸人などが罰ゲームで大勢の人にあらゆる手段で恥ずかしい仕打ちを受けるのは、形的にはいじめに見える。しかし、視聴者は実際、番組の中での罰ゲームに至る対決ゲームなどの「フリ」があっての罰ゲームという「ボケ」があるから笑えるのである。番組が始まって突然同じような罰ゲームが始まっても視聴者は意味が分からず笑わないだろう。つまり、いじめとテレビの罰ゲームが同じだと結びつけるのは間違っている。しかし、生徒たちのいじめ行為がテレビの罰ゲームを見て影響していることは事実である。それは、子どもたちが罰ゲームの内容がそのまま面白いのだと受け止めているからだ。笑わせる技術を分かっていれば、罰ゲーム自体が面白いのではなくそこに至る経緯があって初めて面白いのだ、ということに気づくだろう。そして、いじめという行為がどれだけ笑えない行為であるかが理解できるはずだ。
 私は生徒に笑うことだけでなく人を笑わせる技術の身につけられる授業を作っていきたい。生徒が人を笑わせる技術を身につけることで、いじめのような笑いの構造を帯びた、人を傷つける嘲笑ではなくユーモアのある笑いによって、学校生活の中に笑い生まれる場が増えていく。西条氏は東京・神田のパンセホールで開かれた「キレる子どもは“お笑い”で救える」という講演会11で、お笑い評論家の立場から、教師に向かって次のようなメッセージを送っている。「現実ではやってはいけないことを言って笑いをとるには、ルールを知っている必要があります。‘しゃれ’と‘しゃれにならないこと’の区別がつく子どもなら、いじめや犯罪に走ることはない。」NAMARAのように生徒と一緒に笑いを制作する活動を教師ができないものだろうか。最終章では、生徒に人を笑わせる技術を教えるための授業の具体的な方法を考えていきたい。

1 新潟お笑い集団NAMARA http://www.namara.tv/html/index.htm 
2 スポーツニッポン 新潟ワイド『新潟版よい子の味方』 2003年2月14日掲載 
3 新潟日報 2002年7月16日(夕刊)、9月22日、10月31日、12月16日、2003年7月16日掲載 朝日新聞(12版新潟)2002年11月25日
4 新潟日報『新潟濁川中でお笑い指導』 1999年11月18日掲載
5 新潟日報『お笑い集団に“弟子入り”』 2001年9月16日掲載
6 朝日新聞『お笑いに学び学校を明るく―巻で研修会―』 2001年8月掲載
7 上越タイムス『きぬがさ招き笑って子育て―直江津南小で講演会―』2002年12月2日掲載
8 上條晴夫編 『さんまに学ぶ 子どもは笑わすに限る』 フジテレビ出版 2000年 
9 朝日新聞『子どもの心ツカミはOK?先生「笑い」を考える』2000年1月17日朝刊教育面掲載
10 惣田徹也著 『授業づくりネットワーク』 学事出版 2002年4月号特集「出会い」に「笑い」を
11 読売新聞『教育に「笑い」を 人間関係円滑に』 1999年5月16日 7面掲載

Published: 9月 25th, 2010 at 12:49
Categories: