第1章

藤野賢治「学校教育における「笑い」の導入」
(2003年度 早稲田大学卒業論文)


第一章 「笑う」ことの教育的意味

第一節 「笑う」とは

 「笑う」ことについては多くの哲学者が様々な視点から定義をしている1。哲学者アリストテレスは「人間は笑うことを知っている動物である」と説いた。「笑う」ことは人間の生得的感情表現であるとともに人間特有の感情表現2である。ボードレールは「笑う」ことは「自己の優越の現れであり、悪魔的で極めて人間的なものだ」と定義した。ベルクソンは著書「笑い」3の中で、「笑いは必ずや共同生活の或る要求に応じているもの」で「必ずや或る社会的意味をもっているものに違いない」と語り、「全体的完成という実用的目的を追求している」ものだと人間と笑いの関係から定義している。カントは「笑いとは、張りつめられた予期が突如として無に変わることから起る情緒である」と笑いの起こる状況から定義した。デカルトは「笑う」ことを体の現象から定義した。つまり、「血液が突然肺を繰り返し膨張させて中の空気を押し出すとき、気管の中で空気が破裂するようなくぐもった音を発するとともに、その動きで胸やのどの筋肉が圧迫され、顔面にも伝わるその声とか音の動きの総合」が「笑う」ときに起こる体の現象であるということだ。ショーペンハウエルは笑いの原因を研究し、概念と実在の「ズレ」の知覚が笑いの原因であるとみた。その上で「笑いが生じるのはいつでも、ある概念となんらかの点でこの概念を通じて考えられている実在の対象との間に、突然ズレが知覚されるためにほかならず、笑いそのものがまさにこのズレの表現なのである」と「笑う」ことを定義した。同じようにフロイトは笑いの原因を「滑稽なものが生じる必要条件は、われわれが同時にもしくは瞬時に、ひとつの同じ表象作用に2つの異なった表象方法を適用するよう仕向けられるということである。この二つの間で<比較>が行われ滑稽な差異が生じるわけである」と見ている。多くの哲学者には「笑う」という現象を総合的に定義しようという試みがみられる。
 では、「笑う」という単語は例えば英語でどう表現されているのか。英語で「笑う」という意味は次の単語に分類されている。4

      laugh = make sounds showing amusement, happiness or contempt
      smile = indicate mind amusement by means of the expression of one’s face
      chuckle = laugh softly to oneself
      grin = show the teeth in smiling
      giggle =laugh in a silly way
      titter = laugh quietly
      snicker = give a silly half-suppressed laugh

上に見たように、英語でも笑いには多種多様な形があることがわかる。笑いに対する呼称がこれほどたくさんあると言うのは、人間の微妙な感情表現の現れと解釈できる。笑いは、他の感情をにじませたり、知的な操作で作り出したり、複雑な現れ方をしている。
 では、日本における笑いにはどのような形があるのだろうか。ここで、中村明氏が著書『笑いのセンス』5の中でとりあげている笑い体系表(図-1を参照)を紹介する。中村氏は笑いを、ものごとを概念化することなく生ずる笑い【直接的な笑い】と、認識した対象を解釈する過程を経て生ずる笑い【間接的な笑い】とに大きく分けた。
 【直接的な笑い】はたいていなんらかの笑顔になるだけだ。直接的な笑いをさらに、何も考えずにおのずとにじみ出る【自然発生的な笑い】と、瞬間的に浮かぶ【反射的な笑い】とに分ける。前者はさらに、山の空気を吸った時の爽快感から笑みがこぼれる時などの【感覚的な快さの笑い】と、子犬のかわいいしぐさに笑みがこぼれる時などの【感情的な快さの笑い】とがある。感情面からくる笑いはほかにも、楽しい遊びに夢中になるとかの【満足感の笑い】や、あやうく危険をまぬがれたとかという場合の【安堵の笑い】として分けられる。一方、【反射的な笑い】はもともと何かの意図があって発せられ、その笑み効果が一つの機能として定着した種類の笑いのことだ。その内のひとつは、人と顔をあわせたときの笑みである。初対面の場合は、自分がその人間に敵意を持っておらず、その出会いを歓迎するという気持ちを表現している。相手が知人であれば、友好関係を維持し、さらに深める効果を期待できる。この種の笑みが【友好の笑い】である。もう一つの【体裁の笑い】として【心を隠す笑い】がある。これは、笑うことによって内面を曖昧にして、その場の恥ずかしさやきまりの悪さを逃れたり、余裕を装ったりする場合がそうである。【照れ笑い】は恥ずかしさや決まりの悪さを感じた時に出る笑みで、【照れ隠しの笑い】になるとその感情を他人に知られないようにごまかすための笑みになる。表情で見せる笑みの喜びとはうらはらな心情が不快であれば【困惑の笑い】、苦々しい思いであれば【苦笑い】、がっくりときたときは【落胆の笑い】として【照れ隠しの笑い】同様に【心を隠す笑い】としてまとめられる。
 次に【間接的な笑い】は、【直接的な笑い】がどれも似たような笑顔になるのに対して、多様な形であらわれる。場面や人の性格により、おかしさの程度に応じて、かすかな笑みにとどまることもあり、ぷっと吹き出すこともあり、大声でげらげら笑うこともあり、息が苦しくなるほど笑いころげることもある。この笑いはいつもと全然違ったり、予測が大きくはずれたりして、常識を越えたずれが起こった事実に気付いた驚きの心がきっかけになっている。この笑いは多種多様だが、信じられないほどちぐはぐな結果にとまどう【驚きの笑い】と揶揄や嘲笑や自嘲の系統の攻撃的な【働きかけの笑い】と、関係の矛盾や違和感を発見する【滑稽の笑い】とに大きく三つに分けることができる。

                  笑い体系表

・【直接的な笑い】
   ⇒【自然発生的な笑い】
     【感覚的な心地よさの笑い】→【快感の笑い】
     【感情的な快さの笑い】→【感動の笑い】・【満足感の笑い】・【安堵の笑い】
   ⇒【反射的な笑い】
     【友好の笑い】→【歓迎の笑み】・【そら笑い】・【愛想笑い】・【へつらい笑い】
     【心を隠す笑い】→【照れ笑い】・【照れ隠しの笑い】・【困惑の笑い】
              【苦笑い】【落胆の笑い】・【余裕の笑い】・【余裕を装う笑い】
・【間接的な笑い】
   ⇒【驚きの笑い】→【あきれ笑い】・【絶望の笑い】・【恐怖の笑い】
   ⇒【働きかけの笑い】→【揶揄の笑い】・【嘲笑】・【自嘲の笑い】
   ⇒【滑稽の笑い】→【ジョーク】・【エスプリ】・【ユーモア】

図-1 

第二節 「笑う」ことが人間に及ぼす影響

1.「笑う」ことと健康
 「笑う」ことが人間に及ぼす影響として、人間の健康面から、医学的に研究が進められた免疫細胞の活性化の事例がある。アメリカのジャーナリストのノーマン・カズンズ6氏によって書かれた自身の笑いによる難病克服の体験記7だ。彼は当時不治の難病と言われた膠原病(結合組織の疾患)にかかっていた。この病気は彼の全身の関節炎を引き起こし、手足を動かすのも不自由で、ベッドの中で寝返りを打つことさえかなり困難な状態だった。そこで彼は医師との相談を繰り返し、体内の化学作用の増進法の一つとして、積極的情緒の完全発揮を目指す計画を開始した。その中で彼は笑いの思わぬ効果を発見したのだ。病床で10分間腹を抱えて笑うと、少なくとも2時間は間接の痛みを感ぜずに眠れるという効き目があったのだ。「笑う」という積極的な情緒が体の化学作用に健全な影響を及ぼしている可能性が出てきた。彼は笑いの効果の可能性を信じて、ビタミンCの過剰投与という危険な療法も耐え抜いた。その結果、彼は信じられない回復を見せて膠原病を克服した。彼の大切にしていたことは人間の心身の再生能力を決して過小評価してはならぬということ、生への意欲を最大限に引き出してくれる医師との関係性である。ノーマン・カズンズの報告は医学界に大きな反響を呼んだ。これまでにも笑いが体の薬になるという説はあったが、これほどまでに具体的な笑いの効果が報告されたのは初めてだったからである。1982年には「笑い療法研究学会」が医学、心理学者などを中心に結成されるほどになり、「笑いと健康」の研究が広まっていった。
 日本では、「笑いとユーモア」の総合的研究をしている「日本笑い学会」という学会がある。1994年に関西大教授の井上宏氏によって設立され、全国に13ヶ所の支部を持ち、会員数は約1000人にのぼっている。2003年7月26日に東京の台東区民会館で行われた「日本笑い学会」の研究発表会では、「笑いとNK細胞(ナチュラル・キラー細胞の略)について」が発表された。NK細胞については、その資料には次のような説明がある。

「細菌やウイルスなどの病原体が体内に侵入するとこれと闘って撃退したり、一度かかった病気を記憶して二度とかからなくさせたりする生体防御機能が免疫系だ。その免疫系は何段階にもなっており、まず異物を阻止する最前線は、皮膚、鼻、毛、涙、唾液など。これらを突破して侵入する異物には、血中のマクロファージ、好中球、NK細胞などが立ち向かい、異物を飲み込んだり、感染の拡大を防いだりする。NK細胞とは1975年に発見されたリンパ球の一種で体内のガン化した細胞を殺す働きがある。特徴的なのは、NK細胞の機能は年齢とともに低下するほか、個人差もある。精神状態や疲労の影響も受けるという。」

 1992年に伊丹仁郎氏・昇幹夫氏・手嶋秀毅氏の3人の医者によって次のような研究が行われていた8。20~62歳の男女19名に、吉本興業の演芸場「なんばグランド花月」で芸人によるお笑い演芸を約2時間見てもらい、笑う前と後の血液の成分を比較した。検査の結果、NK細胞が笑った後の方が活性化していることが分かった。つまり、笑う前と後では免疫力が高まる効果があることが立証された。さらにこの結果は、本心からの笑いでも作り笑いでも変わらないことも分かっている。つまり、笑顔にすることが免疫を高める効果につながる。大阪大学の大学院助手の岩瀬真生氏らグループは、この実験をさらにPOMSという心理検査を用いて発展させた9。POMSは65項目の質問技があって、<緊張-不安><抑うつ><怒り-敵意><活力><疲労><混乱>の6つの気分の尺度を測定する検査である。被験者となったのは男子大学生21名で、80分のコミックビデオと面白くないドキュメンタリービデオをそれぞれ見てもらい、POMSによって被験者の気分をビデオを見る前、後で測った。結果は<緊張感><抑うつ><敵意>といったネガティブな情動は、ビデオを視聴する前と後ではコミックビデオとドキュメンタリービデオの両方の場合で下がった。つまり、ネガティブな情動の変化に対しては笑いの直接的な効果は見られなかった。一番差が出たのは<疲労>だった。笑うと<疲労>が下がるという新発見が得られた貴重な実験である。
 このように、外国や日本で「笑う」ことと健康に関しての研究は科学的に進歩しており、実際の医療現場でも取り入れられ成果をあげている。ピエロの格好をして医療現場にユーモアによる治療を取り入れたことで有名なパッチ・アダムスは著書『パッチ・アダムスと夢の病院』の中で次のように言っている。
「人体に欠かせない必須アミノ酸をもとめるように、人は笑いを切望するものだ。」

2.「笑う」ことと人間関係
 人間は生まれた時から笑い顔を持っている。お母さんが赤ちゃんにおどけてみせると、赤ちゃんは笑い出す。周りの人が笑顔で話しかければ、赤ちゃんも笑顔になる。赤ちゃんの笑顔の発達の度合いは、母親や周りの大人とのコミュニケーションの仕方によって違ってくる。多くの人と頻繁に笑顔をかわすことによって赤ちゃんの笑顔はより豊かな表情に発達する。これは人間が先天的に笑顔で人とコミュニケートする能力を持ち合わせていることになる。この笑いは人間が成長していく中で、いろいろと変化をとげる。表現が変化し、複雑化する。また、一節で見てきたように、笑いの種類も増えていく。注目すべきは年齢に応じて相手がどのようなことを笑っているのかが分かるようになり、笑いに対する理解力が備わってくる。その時期になると他者と共に笑うことがコミュニケーションの1つになる。同じことを面白いと思って笑っていることが、共感を呼びお互いの距離を縮める役割を果たしている。逆に、他者と共に笑えない時は、疎外感を強く感じる。それは相互主観性からの疎外感であって、もし私たちがわけも分からないのに一緒になって笑うすなわち愛想笑いをするときは、この疎外感を避けるためであるといえる。
 サービス業では笑顔でお客に接することが大変重要である。これはよい笑顔で接することでお客に好印象を与え、会社のイメージを上げることを望んでいるからだ。1対1の場合も、一方がよい笑顔で接すると相手の好感度が上がり、相手もつい笑顔になってしまうこともよくある。作り笑顔をする事によって人間関係を円滑にすることは人間の知恵である。この作り笑顔から生まれる社交上の笑いを、心理学者のエクマンとフリーセンは「修復」、「調整」、「偽装」の役割に分けている10。「修復」の笑いとは、ある感情が表情として顔に表れている場合にもう一つ笑いを加えることで、もとの表情の意味を限定すること。「調整」の笑いとは、自分の感情をそのまま顔に出すと強すぎる場合に弱めること。「偽装」の笑いとは、さらに三つの種類があり、一つには実際はなにも感じていないのに感情を表そうとする場合、二つ目は何かの感情を実際には持っているが、なにも感じていないように見せかけたいとき、三つ目は、笑いによって実際に感じている表情を隠してしまう方法で、笑ってごまかす場合とがある。このように、「笑う」ことには人間関係の高度なコミュニケーション機能がある。
 
第三節 教育的意味

 第二節で見てきたように笑うことは人間に健康と人間関係の上でよい影響を及ぼしていることが言える。ではその影響が教育的にどんな意味があるのか。本論の柱でもある教育的意味について考察していきたい。まず考えなければいけないのは、教育と笑うことがどのような結びつきを持っているかである。一般的に教育と笑いは結びつけられることは少ない。教育の中で笑うことが真剣に扱われないのはなぜだろうか。このことに関して私は次のように考えている。知識や技術を学ぶ場の中で「笑う」という行為はふざけることであって、学ぶ者としての態度として不適切とみなされて注意を受ける。例えば朝礼や式典の時には、笑うことは不謹慎なことだと叱られる。作業の時には、笑うことは集中できていないことであると叱られる。つまり、教育の場で「笑う」という行為は叱責を受ける場合が多い。このため、教育と笑いは相容れない関係であるかのように受け止めている教育者は多いのだと思う。確かに、近年に見られる学級崩壊の中には生徒が先生の話を聞かずおしゃべりをして笑っている生徒や、先生が何を言ってもからかったり笑ってごまかしたりする生徒たちが多くいる。そのような笑いは間違いなく教育を阻害している。これは笑いの秩序破壊的な性質のために起こりうることだ。笑いは緊張が緩和された心身ともに弛緩している状態で起こる。それゆえに、笑うときのリラックス感が高じて緊張が緩みすぎた状態になると、真剣に考えなければいけないことでも笑い飛ばしてしまうような事態につながることがある。しかし、だからといって教育の場から笑いを排除することは違う。むしろ、第二節の観点から教育の場での笑いの必要性もある。
 2003年4月に起こった長崎県の12歳による幼児殺人事件に象徴されるように、現代の子どもは誰が犯罪を起こすか分からない状況で全体的に病んでいるのだ。病んでいる原因は、受験競争や家庭環境、学校生活の中で感じる様々なストレスが1つとして挙げられる。一般に私たちは無力感に包まれたり、強い緊張が異様に長引いたりする状態ではストレスを感じやすい。現代社会のシステムのように情報や技術についての動きがめまぐるしい社会では、まじめすぎる気質の人は強いストレスを起こす。つまり、現代のような日本の社会では、笑いと健康の観点から、岩瀬真生氏の実験で明らかになった笑うことの疲労への影響が重要になってくる。ストレスが溜まった時に、思い切り笑うことや笑顔にしてみることは、疲労が下がり、ストレスを和らげる効果につながる。おおげさに言えば、ストレスが原因でかかりやすくなる病気はたくさんあるが、その病気に対抗するためにストレス性の病気にかかった自分自身の状況を笑えばよいのだ。
 もう1つ、笑うことと人間関係の観点からも、教育と笑いは結びつく。文科省が調査した2002年度の公立の小中高校の校内で児童生徒が起こした暴力行為の件数が29,454件、不登校で学校を1年に30回以上欠席した小中学生の総数が131,211人である、と発表した11。現在でもこれだけの暴力行為と不登校児が存在している原因は何だろうか。それは学校の中での生徒間、生徒・教師間の人間関係のトラブルが1つとして挙げられる。人間関係の器用、不器用があるのは仕方がない。しかし、話し手が話し相手の前で笑顔にするだけでトラブルの起きにくい状況を作ることはできる。笑うことは人間の知恵としてコミュニケーションを円滑にすることができることを第二節で述べた。第一節の笑いの体系表の中の【友好の笑い】がそうである。コミュニケーションとしての笑いは、相手が笑えば自分も笑うという伝播性がある。そして共に笑うことによって、互いの笑い声と笑い顔が刺激となってますます笑いの度を強めていくという相乗性もある。遊びの「にらめっこ」はこの2つの性質を生かしている。同じことを笑うという共感の体験の共有がそこにはあり、お互いの関係を縮めている。「面白い」ということを「笑う」ことによって相手に伝達し、相手も「笑う」ことによって反応している図式は、コミュニケーションの基礎的な形である。しかし、子ども達は【友好の笑い】をコミュニケーションの基礎的な形とは意識していない場合がよく見られる。例えば、初対面でにこにこして接することができない「人見知り」の現象がそれだ。人見知りの激しい人は顔がこわばって相手の気持ちさえも不快にしてしまうことがよくある。にっこりとした表情をつくる。その行為がコミュニケーションの手段であることを意識させることは教育的意味を持つといえる。

1 木村洋二著 『笑いの社会学』 世界思想社 1983年 pp.3~pp.8
2 厳密に言えば、サルには自分より「社会的に」地位が上の者が近づいてくると「劣位の表情」と呼ばれる表情をして、防衛的な顔を作る。このときの顔つきが、人間の笑いの表情に似ていると言われている。
3 ベルクソン著 林達夫訳 『笑い』 岩波書店 1985年
4 三省堂編修所編 『コンサイス英英辞典』 三省堂 1990年
5 中村明著 『笑いのセンス』 岩波書店 2002年 pp.38~pp.48。氏は本書の中で西欧の優越感説や主観的・客観的・素朴あるいは人を「刺す笑い」「楽しませる笑い」「救う笑い」の三分説に触れ、それは笑いの部分的なものだと述べ、氏は笑いの分類を試みている。
6 日本では、1956年「広島の原爆乙女」25人をアメリカにつれていき、形成外科を受けさせたことで知られている。
7 ノーマンカズンズ著 松田銑訳 『笑いと治癒力』 1996年 岩波書店
8 井上宏著 『笑いは心の治癒力』 海竜社 1997年
9 同上
10 角辻豊著 『笑いのちから ストレス時代の快笑学』 家の光協会 1996年 pp.144-147
11 朝日新聞 2003年8月9日 朝刊1面掲載

Published: 9月 25th, 2010 at 12:46
Categories: