はじめに

 私はお笑いに興味がある。私は笑うのも好きだし、人を笑わせるのも好きだ。笑っている時は気持ちがよく、嫌なことも忘れさせてくれる。そのためか、昔から意図的に笑うことを求めていたように思う。そのようなことを意識していた時、一番自分を笑わせてくれたのがダウンタウンであった。ダウンタウンが出演している番組は全てビデオに録画し、飽きて笑えなくなるまで繰り返し見ていたのを思い出す。学校に行くと、昨日見たダウンタウンの番組の話をして盛り上がった。コントの中のフレーズを言い合って友達同士で何度も笑っていた。テレビで松ちゃんの演じるキャラを真似し合って遊ぶ時もあった。ダウンタウンの笑いを真似していくうちに、自分も周りの友達を笑わせる喜びに気づいた。笑いのノウハウのようなものを自然に盗み取って、日常の話の中に取り込めるようになっていた。人を笑わせると自分が認められる気がしてうれしかった。高校に入ると、人を笑わせることに関わる職業に就きたいと思った。しかし、そんな時に転機が訪れた。私は人を笑わせるために特定の人を傷付けてしまう時があり、それが原因で人間関係のもつれがうまれてしまった。笑わせることは人を楽しませることだと思っていたことが、一気に覆された気持ちだった。それでも笑うことは好きだった。高校の時はネプチューンが大好きだった。何度見ても面白いコントに私は癒されていた。私は大学に入って、思い切って人前でお笑いをやることにした。初めて、お笑いを作るということに挑戦した。はじめの舞台はとにかく自分の面白いと考えていることを詰め込みたい思いでいろいろと試行錯誤した。しかし、お客さんの反応は今ひとつで、笑いを人に伝えることの難しさを覚えた。次の舞台からは、本番前にできたネタをいろいろな人に見せてから臨んだ。そうするとお客さんの反応は前に比べてけた違いによくなっていった。私は大学で人を笑わせる技術について考え続けた。舞台に立つ仕事を目指したいとも考えた。そのような時に再び転機が訪れた。それは人を笑わせることを序列化することへの不信だった。自分は誰よりも面白くて誰よりも面白くない。私が影響を受けたテレビの数々の芸人はそこで勝ちあがった人達である。しかし、笑いを考えるにあたって自分の中で大きかったのは、笑いを通してできた周りの人間とのつながりであった。私は大学でお笑いの舞台をやってきて何度も足を運んでくれる仲間がいた。その仲間には感謝しきれない思いでいる。大学の人間関係はほとんど笑いを通して得たものだった。その人間関係で得たものを多くの人に伝えたい。そのような思いで、私はこの卒論を書こうと思った。私は今、教師になりたいと思っている。教師として、自分が培ってきた人間関係の上での笑いを教育の中で取り入れたいのだ。その考えがゆとり教育後の学力低下を懸念する学校教育の流れにあったものであるかはまだわからない。しかし、ここからが私と笑いの再出発点だと考えている。笑いが学力を向上する一助にならないとは言いたくない。そのためにも、時代に合った学校教育の理念をしっかりと理解した上で、将来この卒論で考えたことが実践に結びつくことを心がけている。

Published: 9月 25th, 2010 at 7:38
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